自己の障害と向き合うことで掴むことのできたチャンス

少々普通の方とは異なる職歴ですが、転職に対する心構えなどは変わりがないと思いますので、零細企業に新卒入社した私が社員数千名前後の外資系企業に就職するまでをありのままにつづります。

名前は柳沢(仮名)、神奈川に住む男性です。
その業界では世界でトップテンに入る外資系企業に三十代で就職し、四十に入った今年で勤続五年になりました。新卒で入社した会社とは全く異なる業界、業務を担当しており、途中大病も患いましたが、今の職場環境に大変満足しております。

東京に憧れを抱く青年がブラック企業に捕まる

地方大学の工学部を卒業した私は、大企業へ就職する能力もコネもなく、ただ漠然と東京に憧れて八王子に近い電子機器開発会社に就職しました。

社員数は百名もおらず、取引会社にはソニーや日本ヒューレットパッカードといった有名メーカーもありましたが、ほとんどは下請けの下請け業務。残業すれども手当は出ず、地方出身の者に住宅手当や寮もなく、毎日一時間、ひどいときは三時間以上上司に怒鳴られていました。

完全なブラック企業で、今思えば世間知らずの田舎者をつかまえて会社に都合の良いように使っていたのだと思います。それでも大都会に出てこれた嬉しさと若さで、少ない休日で楽しく遊び歩いていました。

ブラックではありましたが、基本給は滞らず払われており、安定した生活を送っていましたが、突然解雇されることとなりました。実は私には生まれながらの障害があり、そのため運転免許がとれないのですが、それを理由に業務に支障が出るとしての解雇通達でした。
そういわれるとどうしようもなく、退職に同意しました。

もともとハードワークでしたし、まだ若かったので楽観的に考えていたこともあります。部長に言われるまま、退職願を提出することになりました。クビになるのに退職願を書かされる、本当に好きに使われていたと思います。

第一の転職

障害が転職に不利になるかもしれないと考え、次の職場には障害を隠して就職しました。ハードルを下げて、社員登用もあるアルバイトを探しました。また、同じ電気関係では前職の二の舞になる可能性もあり、別の業界に決めました。

結果、駅売店での販売員のアルバイトが見つかり、真面目に勤務し続け、一年ほどで契約社員になりました。契約社員でも生活はできていましたが、目指すは正社員です。

しかし、正社員の登用試験の準備をしている時期に、障害が悪化。ひと月近く入院を余儀なくされ、職場復帰はしましたが再発の心配は残ります。すでに二十代も最後の年となり、障害は快復が見込めないレベル、お先真っ暗といったところです。

そこで私は一度自分と向き合うことにしました。具体的には障害を隠すのではなく、認めた上で何ができるか、何が最善かを調べました。同じ障害を持った方々がどういった職に就いているのか情報収集を行い、行政に相談しました。

そして、職業訓練校に通うことに決めました。
総合職ではどうしても障害のない方と比べ、こなせる職域が減るのは間違いありません。
しかし、一人で成果をあげられる技術職であれば、結果を得られると考えたのです。

自身の障害と向き合うことを決意

駅販売員を辞め週二日のアルバイトと補助金が頼りという金銭的には苦しい状況でしたが、なんとか職業訓練校を卒業し、資格をとりました。

資格だけでは経験不足と考え、卒後すぐに就職せず、その業界で評価の高い方のところに行き弟子入りをお願いしました。収入はさらに減り、修行はとても厳しいものでしたが、心構えから技術的なところまで様々なことを学ぶことができました。

この経験が自信に繋がり、どのような職場に行っても応用ができる、基礎になったと思います。駅販売員を辞めてから四年、再就職先を探すことにしました。自信はついたものの実績はありません。しかしここでは焦りませんでした。
今から再就職するのに実績がないのは当たり前です。
コツコツと仕事に取り組めばいずれチャンスが巡ってくると前向きに考えました。

職業訓練校の就職担当やハローワークで情報を集め、零細企業でも給料の良いところを探しました。新卒で入社した会社での経験から学んでいましたので、そういった会社の業務内容が厳しいのはわかっていました。しかし、そこには狙いがありました。

まず一つには業務内容が厳しければ人手不足で採用率が高い可能性があること。次に経験と実績が手に入るということ。そして最後は、次に転職する際に前職以上の給料を条件に出せることです。
予想通り、見つかった再就職先は社員数十名以下の零細で業務内容も厳しいところでした。業務自体もそうでしたが、給料支払い計算を不慣れな事務員が一人でやっており、年末調整は個人任せ。福利厚生なども整っていません。

自分の目的がステップアップであるという明確な目標がなければ、続けることは難しかったかもしれません。他者が実績として認めてくれる期間を三年と考え、その間我武者羅に業務に没頭しました。
業務に励む一方で、同業者にコネを作り情報収集を続けました。

果たして三年後、チャンスはやってきました。

急成長をしている都内のIT企業で、同じ技術職の欠員が出たという情報が入ってきたのです。私はすぐさま応募を決め、職業訓練校経由で面接のアポを取りました。訓練校での成績や、すでに職場経験があることから驚くほどスムーズに話が進みました。

問題は給料ですが、現在もらっている給料を提示したところ、なるべく意向に沿えるよう努力しますとの回答。結果、基本給が若干下がりましたが、上乗せしてインセンティブをもらえるとのこと。
実質的にはプラスです。

大きな企業で職場環境もよく、福利厚生もしっかりとしています。ここに至るまでの間、多くの時間を費やしましたが、結果的には一番の近道で最良にたどり着いたのではと思っています。

筆者から読者の方へ

障害についての部分など一般と違うところもあるかと思います。

しかし、転職に際しては自分の能力と状況をしっかりと把握し、不足している部分を補い、問題に対して前向きに解決策を見出し、目的意識をもって行動すること。それは誰しも変わらないところではないかと考えています。

私自身は着地点を見定めて、必要なスキル、実績を積んだことで、チャンスを掴みとれたのだと確信しています。

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